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みんなの食卓論│人の数だけ食への考え方があるのだとしたら。お腹が空くような話から、普段はあまり聞けない仕事観や生き方まで。食に関わることを生業にしている人をお招きして「人と食」のインタビュー記録をお届けします。
#02
樋口直哉
作家 / 料理家

服部栄養専門学校卒業後、料理教室勤務や出張料理人などを経て、2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。 同作は芥川賞候補になる。 作家として作品を発表する一方、全国の食品メーカー、生産現場の取材記事を執筆。 料理家としても活動し、地域食材を活用したメニュー開発なども手がける。

目次
第1回 作家と料理家。 2021年11月29日(月)
第2回 料理と書くことは
似ている。
2021年11月30日(火)
第3回 昔から構造にしか
興味がない。
2021年12月1日(水)
第4回 料理は結果が
すぐでるからたのしい。
2021年12月2日(木)
第5回 安全圏にない料理を
目指したい。
2021年12月3日(金)

第2回
料理と書くことは
似ている。

平井

そもそも樋口さんが料理の道に興味を持ったきっかけは何ですか。

樋口

もともと食べるのが好きというのはありますけど。中学生のときに観たテレビ番組がきっかけです。日本の料理人がフランスで料理をするというドキュメント番組でした。

出てくる料理はおいしそうだし、すごく格好いい。幼心にすごくおもしろかったんですよ。それで出てきた料理を自分でも実際につくってみたら、それがすごくうまくいって。それで料理にハマっちゃいました。

平井

そのときに何をつくったか覚えていますか。

樋口

”焼いた帆立にオイスターソースを少しだけ入れたクリームソースをかけた料理” です。今でも同じ料理つくれますよ。

平井

へー!それが人生で初めての料理ですか?

樋口

そう、初めての料理。いわゆる日本の家庭料理とは分断された料理というものをつくってみて、それでハマったんですよね。家族からは食べておいしいと言ってもらいました。

平井

その時の体験が、料理の道に行きたいという思いに繋がったんですかね。

樋口

そうですね。あとは、フランス料理研究家で辻調グループを創設した辻静雄さんの本が、実家の本棚にいっぱい並んでいたんですよ。その本がおもしろくていつも読んでいた記憶があります。それからヨーロッパの料理に憧れを持って料理を始めましたね。

平井

ご実家がそういう環境だったと。

樋口

そうです。自分もそうですけど、人が食べ物に興味を持つか持たないかというのは、幼いころの家庭環境が大きいと思っています。

平井

なるほど。どういう家庭環境が食べ物に興味を沸かせますかね。

樋口

エンゲル係数が高い家庭ですよ。

平井

ははははは。わかりやすい!

樋口

うちもそうでした。あとは父が転勤族だったんで、いろんな地域を転々としていました。だからその土地その土地のものを食べられたのも大きい。

平井

生まれはどちらなんですか。

樋口

生まれは東京の板橋区ですが、札幌に9年間いました。僕の料理を食べた人からは、「バターよく使いますね」て言われます。北海道人からすると「これは普通です!」って思うんだけど。料理には土地からの影響というのがすごくありますよ。

平井

札幌はいつからですか。

樋口

小学校、中学校のときですね。

平井

そのとき食べた味や料理の記憶が残っているんですね。

樋口

はい。僕の料理の先生は「北海道出身の子は日本料理やらないほうがいい」とまで言っています。子供のころの味というのが大人になっても引っ張られるんですよ。もちろん後天的に身につけられるものもありますけどね。

平井

初めてつくった帆立料理の記憶も鮮明に覚えていますしね。

樋口

レシピかけますから。

平井

はぁー。それはすごい。料理学校で学んでからそういうことができるようになった、というのならわかるんですが。学校に行く前から料理の素養があったんですかね。

樋口

素養があるかどうかはわからないですけど、やっぱり小さいころから料理が好きだったんでしょうね。

平井

高校卒業されてから専門学校に?

樋口

そうです。高校は農業高校の食品科学科に行きました。

平井

それも将来料理人になるために?

樋口

そうです。食品科学科の授業はおもしろかったですよ。パンの発酵について勉強したり。実験も基礎的なものだけどいろいろやりましたね。計量なんかも、測りたいものを機械に入れればすぐに計測できるのに、わざわざ手で測る。そういうことを高校生のときにやりましたね。

平井

一般の学校ではやらないことが、たくさんありそうですね。

樋口

みかんの缶詰をつくったりね。

平井

それもなかなか体験できないことですね。どうやってつくるんですか?

樋口

酸に浸して薄皮を溶かしたみかんを中和してから、甘いシロップ入れて、二重巻締充填機で缶に封をして加熱する。簡単に言うとそんな流れです。こういうのをつくりながら、中和のメカニズムを学ぶ。今にして思うと貴重な体験でした。

平井

なるほど。料理家としての樋口さんの背景が見えてきました。そうすると今度は作家としてのルーツも気になるところです。

樋口

高校生のとき作文が得意だったんです。ある日、先生に呼ばれまして。何かなと思ったら、「いつも読書感想文の内容がすごくいいから、何か賞に応募した方がいい」と言われました。だからこれ書けって。その賞に応募したら賞を取れたんです。

平井

なんと、いきなり!

樋口

賞品として図書券をもらったんですよ。こりゃいいなと。

平井

ははは!

樋口

それからはいろんな賞に応募しました。高校生のときは、俳句書いてみたり、小説書いてみたりして。ばんばん応募してかなり賞を取っていましたね。まぁ高校レベルですが。

平井

いや、でもそれはすごいことですよ。

樋口

その先生がいなかったら、そこまで書いていなかったかもしれない。書いて先生に持っていくとアカを入れてくれるので、それを直してまたチェックしてもらう。その繰り返しでした。

平井

どこかで、「料理と書くことは似ている」と話されていました。詳しく教えてください。

樋口

例えば、写真家の世界には写真家それぞれにクリエイティブがあって、絵描きの世界にはそのクリエイティブがあるわけですが、原理は写真家も絵描きも同じなんじゃないですか。料理することと書くことも一緒で、クリエイティブとしての料理に興味を持ったわけで。

平井

クリエイティブとしての料理とは?

樋口

「生活としての料理」が土台にあって。これは毎日生きていくために必要な料理のこと。

平井

はい。

樋口

「クリエイティブな料理」というのは、生活をよくしたい人が食べる料理のこと。

平井

それはわかりやすくすると、飲食店の料理ということですか?

樋口

うーん、それは必ずしもそうではなくて。家の料理でもクリエイティブが発揮されることはあるわけで。

平井

そうか。

樋口

そうめんを食べるときに、薬味がなくても別にいいんだけど、ネギ、生姜、白ごまの3種類の薬味があったほうがより楽しいでしょ。おいしいくなるし。それが「クリエイティブ」なんですよね。

平井

なるほど。イメージしやすくなりました。

樋口

クリエイティブなんで、人によってちがうわけで。その人にとってはネギがそうめんの薬味として一番かもしれないけど、ネギなんてかけたらそうめんの香りがなくなっちまうよ!ていう人もいる。そこがおもしろい。

平井

そのクリエイティブのおもしろさは、書くことでも一緒であると。

樋口

そう。書くことも一緒です。例えば、何人かが「下仁田納豆」のことを書くとして、群馬にある納豆屋さんとしてのストーリーは同じように聞いたのに、書くというフィルターを通すと書き手によってアウトプットが全くちがう。それはひとりの人間でも横顔と正面顔の見え方がちがうようなものなんだけど。

平井

樋口さんがよく話す「構造」ですね。

樋口

実はこれ、説明してもなかなか伝わらないんですよ。

平井

え、伝わらないですか?

樋口

わからない人からは「そもそも構造てなに?」と言われちゃいます。構造というのはそれを成り立たせているもの。例えばキャンプとかで使うテントには梁がありますよね。あれがまさに構造です。梁さえ決まっていれば、テントの周囲を包む「側」の色や素材は何でもいいんです。構造を先に掴んでおくと、いろんなクリエイティブができる。

平井

わかりやすくなってきました。梁の大事さはわかったんですが、でも表現という場では、その梁をどう見せていくのかという方がクリエイティブであるとも思いますがどうでしょうか。

樋口

どっちもクリエイティブですね。そして梁の新しい構造を見つけることができたら、それはすごいことです。例えば、「寿司」というのはものすごいクリエイティブで。炭水化物の上に何かネタが乗っかっていれば、それはもう寿司なんだと。

平井

寿司をそんなふうに見たことはなかったです。

樋口

寿司ってすごい構造がはっきりしている料理なんです。だから寿司は世界中どこでも現地の食材でつくれるんですよ。寿司を発明した人はすごいです。それが梁を見つけた人ということです。この先、寿司を再発明することは誰もできないんですよ。でも第2の軍艦巻きはつくれるかもしれない。軍艦巻きは構造は寿司だけど、まったく新しい料理になっているんです。

平井

あーなるほど!それはおもしろい!

樋口

人間を人間たらしめているのは何かってことなんですよ。それは外側の社会の仕組みだったり、環境が人間らしさをつくっていく。つまり構造主義という考え方ですね。文化とか文明というのは、それが先にあって人間がある。大袈裟にいうとね。僕は周りの構造にこそ興味がある。

平井

寿司を最初に考えた人はすごいという話がありましたけど、ゼロからイチを生み出すのは本当にむずかしいですね。

樋口

はい。僕はいつかゼロからイチを生み出したいんですが、でも1を3にすることであったり、1と1を組み合わせて2をつくることの方が、自分には向いているかもしれないなぁとも思っていて。

平井

はい。

樋口

焼き鳥あるじゃないですか。串に鶏の肉を刺して焼くという構造があるから、どこいってもできる。天ぷらもそう。衣つけて揚げるという構造がしっかりしている。

平井

地域ごとに似たような料理ありますよね。構造に行きつくルートはどの地域も同じなんでしょうかね。

樋口

もうそれは理の話ですね。鶏肉を丸ごと焼いたら外側には火が通ったけど、中身はまだ生だったという現象が起きる。だったら初めから鶏肉を細かく切って焼けば、火の通りが均一になるだろうとやってみたら、それだとバラバラになって塊感がなくなってしまった。じゃあバラバラの肉を串に刺してみよう。そんな筋道だったのかもしれない。

平井

すごい話です。

樋口

アメリカのBBQはそこに行きつかなかった。ローストチキンは細かく切らずにそのままクルクル回して焼きます。

平井

そういう発想になることもあるわけですね。

樋口

熱源が薪だから火が弱かった、だから鶏肉丸ごとでもできたわけですよ。じっくり焼くから火がちゃんと通る。これが炭になると温度が高いので、鶏肉を丸ごと焼くのはむずかしい。

中国では木をたくさん切って資源として使ったから、あるときから木がなくなってしまった。そうすると料理でも短時間で食材に火を入れなければならなくなる。だから中華鍋は熱効率のいい丸い形になって短い時間で料理をするようになったと。

平井

はーー。

樋口

料理の成り立ちには、熱源とか資源量も影響してくるんですね。

<つづく>

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