平井
大塚さんは今はかつお節問屋の「タイコウ」でお仕事をされていますが、料理人をされていた時期もあると伺いました。今のお仕事に移られたきっかけはなんですか。
大塚
和食を料理していました。今もですけど、当時は和食の一番の基本こそ「出汁」であると思っていたんです。和食の根本からちゃんと考えていきたいと思っていたんですが、どっこい、その出汁が一番むずかしかった。
平井
出汁が一番むずかしい。
大塚
えぇ。基本であるからこそ、出汁がきちんとできていないと料理はできないなと。根本的なことって、突き詰めていくとすごくむずかしいんですよね。
最初に勤めた料理店が、残念ながら出汁を引くことを疎かにするお店だったんです。私は料理学校で学んだわけでもなく、社会人になってから転職して料理の世界に入ったので、「こんなことをやっていたらまずい。料理のことを何も勉強できないまま、歳だけとっていく」と焦りを感じました。
それで自分で出汁を学ぼうと決意しました。料理店で一緒に働いている先輩にも話を聞いたりしました。先輩はちゃんと料理学校で学んできた方だったから色々教えてくれるかなと思ったんですけど本に書いてあることしか言わない(笑)
平井
なるほど(笑)
大塚
出汁を引くときに、「沸騰させちゃだめ」「濾した削り節は絞っちゃだめ」などのように、いわゆる本に書いてあることしか教えてくれなくて。それをやっても、毎回出汁の味が違うんですよ。「素材が違えば味が違うのは当たり前だよ」と先輩は言うけれども、じゃあなんで出汁が酸っぱいのか、苦いのか、その原因を追求しても先輩や私にはさっぱりわからないんです。だから今度は築地のかつお節屋さんに行って聞いてみた。そこでもやっぱり明確な答えはわかりませんでした。
平井
誰にもわからないんですか。
大塚
「出汁がしょっぱいのは巻き網で獲った鰹を使っているから」と言ってくれた人はいたんですが、それ以上はわからない。わからないながらも自分で調べていく中で、出汁取り教室というのを見つけました。それが今働いているタイコウの社長である稲葉がやっていた教室でした。
平井
それは偶然ですね。
大塚
はい、たまたまです。かつお節屋さんがやっている出汁教室だから、何か聞けるだろうと思って参加してみたら、言うことがこれまで聞いてきた情報と全然違うんですよね。「沸騰していいし、絞ってもいい」と。
平井
へー! まったく逆じゃないですか。
大塚
そう、真逆なんですよ。自分がやってきたことと真逆のことを稲葉に言われるので、「なんで?」って思うじゃないですか。それで実際に出汁を引いてみると、もうめちゃくちゃおいしかったんですよ。自分が引いてきたどんな出汁よりも、お店で食べた出汁よりもおいしかった。感動しちゃって。
教室が終わった後、「じつは日本料理をやっているものなんですが」と稲葉に言ったところ、「料理人なんざ、出汁のことなんか何もわかっちゃいないんだよ」的なことをボロクソに言われたんです。若いころの私も喧嘩っぱやい方だったので、その場でカチーーーン! ときまして。
平井
ははははは!
大塚
「このくそ親父!」と思ったわけですよ。
平井
それは、自分に言われた!というのがあったからですかね。
大塚
はい。料理人に出汁の話をしても、「俺らはかつお節のことなんか、わかってんだよ!」て稲葉も散々言われてきたんだと。私もいまタイコウで営業をしていて、そういうことは現場で言われています。
平井
そうですか。
大塚
「出汁のことをわかっているようでわかっていない」ということを、稲葉と話して知ったんです。
平井
「なぜこの出汁は酸っぱいんだろう?」という疑問は、今はクリアになりましたか?
大塚
あーもうそれは。わかっています。
平井
それも稲葉社長に教えてもらえたんですね。
大塚
はい。苦い、酸っぱい、しょっぱい、えぐい、臭い、渋い。出汁がそう感じるのにはそれぞれに原因があって。それを起こさないようにつくっているのが、タイコウのかつお節なんだと知りました。
出汁取り教室の後も、社長の稲葉とはお仕事の縁でお話しする機会が何回かあって、後継がいないと聞いていたので、「私にやらせてください」て言ったんです。タイコウのかつお節を絶対に残したくて。
平井
それを言える大塚さんもすごい。
(ここでタイコウの稲葉泰三社長が登場!)
稲葉
こんにちは。
平井
こんにちは。お邪魔しています。
稲葉
遊び相手がいなくて困っていたからいいんだよ。
平井
ははは。
大塚
あの人ですよ、はじめて会った私にボロクソに言ったのは!
稲葉
料理人はかつお節のことを何にも知らないくせに、わかったような口をきくんだ。
平井
わかったつもりでいるんでしょうか。
稲葉
知らないんだよ。
平井
知らない。
稲葉
厨房の中のことしか知らないから。店の外に出て勉強してくるとか、畑行くとかさ。漁師に話を聞きに行くとかしないんだよ。
平井
今だけの話ではなく、昔もそうですか。
稲葉
昔からそう。
平井
なるほど。
稲葉
自分のやってきたことを頑なに変えようとしない。人の話を聞きたがらない。だから料理人の中で日本料理をやる人が減ってきたもんね。若い人が日本料理の世界に入りたがらない。フレンチとかイタリアンには入るでしょ。それはやっぱりそこに変化があるからだよ。新陳代謝があるからいい。日本料理は…じじぃばっかりだよ。
平井
ははは。
稲葉
若い料理人の方が、うちらの話を聞いてくれる。新しいことを知ったら、「じゃあこうしよう、ああしよう」てどんどん変化をしていく。
平井
はーー。そういうもんですか。
稲葉
若い人は平気で考えを変える勇気がある。縛られていないから。
平井
考えを変える勇気。いい言葉ですね。
大塚
とくに日本料理の世界は、自分の親方を絶対視する傾向がある。私も経験があるからわかります。だから先輩や親方のやっていることに疑問を持ったとしても、「こういうもんなんだ」と押し切られることが多い。そうじゃなくて疑問に思ったのなら、それをわかるまでやるべきだと思うんですよね。
平井
考えることを自ら放棄してしまう、ということですかね。
大塚
放棄させられる環境にある、というのもあります。
平井
言われるがままに。
稲葉
思考停止なんだよ。
大塚
うちにかつお節の話を聞きに来る方は、圧倒的に若い料理人の方が多いですね。疑問に思ったことに対して、自分で思考を積み重ねてやっていくという方。
平井
そういう若い方が多いと言う話は、なんだか嬉しいです。
大塚
日本料理をはじめとして30代の料理人の方が多いですよね。
稲葉
多いねぇ。
平井
そういう方は、タイコウをどこで知るんですか。
大塚
口伝手ですね。料理人さん同士で話をして、「このお店の出汁がすごいおいしい」「この料理屋の出汁はこういう引き方をしている」という話をしたときに、タイコウさんを教えてもらったんですけど、ていう形でいらっしゃいます。
平井
へーー。
稲葉
「何でタイコウのかつお節は他と違うんですか?」て聞かれるけどその答えは簡単で、昔ながらのかつお節の問屋としての仕事をしているだけ。結局食いもんのことだから、おいしいが一番なんだよ。
平井
おいしさよりも、コスト削減や大量生産を優先しているところが多いと言うことでしょうか。
稲葉
そうそう。いやぁ、やっぱり儲けたいからね! 利益率あげて、価格を安くすりゃみんな買ってくれるじゃん。みんなそこにいくわけさ。
平井
なるほど。
稲葉
どこの事業もお金儲けでしょ。この子(大塚さんのこと)にも言ったけど。うちらはお客さんの笑顔のためにいい仕事をしてお金をもらう。お金もらうために仕事しているんじゃねーんだよって。うちの取引先の生産者も同じ思いでやってきた。いい仕事をしたい、いいかつお節をつくりたい。そのためにお金が必要なわけだから、ちゃんと払う。生産者に対して仕入を値切ったことないもん、一回も。
平井
お金が唯一の目的ではない、ということですね。
稲葉
そう。目的じゃない。いい仕事をするのが一番の目的。
<つづく>