平井
(干しているかつお節を見ながら)ここには何本くらいのかつお節があるんですか?
大塚
えーと、だいたい1箱で70本くらい入っていて、17箱分あるから…1,200本弱ですね。
平井
そんなに!さらに事務所の上にかつお節が保存されているんですか?
大塚
そうですね。いま目の前で干しているのは、うちにあるかつお節のほんの一部です。ここにあるのは10月に入荷した節ですね。きのうは7月8月の節で、およそ1,800本くらいを干しました。
平井
そうですか。
大塚
箱にこうやって「65本」て書いてあるのは、1箱20kgの重さの中にかつお節が65本入っているということなんですけど。
平井
はい。
大塚
向こうにある箱には78本と書いてありますよね? 魚体の大きさによって重さが違うので、1箱に入るかつお節の本数も変わってきます。だから箱の入数によって、その日に干すかつお節の本数は変わってきます。
平井
なるほど。当たり前ですけど、こうして見るとかつお節ってひとつひとつ大きさが違うんですね。
大塚
違いますね。これは1箱70本台前半のかつお節なので、そんなに大きくはありません。こっちの60本台の節と70本台後半の節で、こんなに大きさが違うんですよ。
平井
本当だ、違いますね。
大塚
節の大きさで出汁の味も変わるんですよ。大きい魚の方がそれだけ長い年月生きているので味が乗っています。出汁の味もしっかりしているので、関東のお店さんはこちらを喜ばれますね。
京都の方ですと、味が濃すぎるのはちょっと違うとおっしゃるので、「280から300の間で」と指定されるお店さんもいらっしゃいます。
平井
その数字はなんですか?
大塚
かつお節の1本あたりの重さです。280g〜300gの間。
平井
それは細かい指定ですね。
大塚
はい。そうした要望に合わせるというのがうちの仕事です。
平井
互いにプロフェッショナルですね。鰹は干すとどのくらい小さくなるんですか?
大塚
およそ4分の1、5分の1くらいまで小さくなりますね。
平井
そんなに小さくなるんですね。
大塚
かつお節をつくる際に、生の鰹を捌いて煮る工程があります。煮ることで小さくなります。それをさらに薫製することで、含まれる水分がガンガン減っていって凝縮していきます。だから干す前で、すでにかなり小さくなっていますね。
平井
なるほど。じつはさっきから気になっていたことがありまして。
大塚
何でも聞いてください。
平井
かつお節を削ると風味が飛びますよね。いまこの節を干している状態では風味は飛ばないんですか?
大塚
はい、かつお節は塊なので風味は飛びません。ただやっぱり寝かせて熟成を進めていくことで、表面についている香り成分というのは若干飛びます。
平井
はー、そうなんですね。
大塚
生産者さんから届いたばかりのかつお節と、うちでしっかり熟成させた後のかつお節とでは、削ったときの香りは違います。ただしそれは表面的なものなので、節の状態の香りというのはそこまで関係はないかなと。
なにより香りは立つけど味が弱いというのが、生産者さんから届いたばかりのかつお節にはありますね。生産者さんのところで、節が100点で出来上がってくるわけではないんです。
平井
なるほど、そういうことか。
大塚
かつお節には大きい節もあれば、小さい節もあります。人間と同じで脂が乗っている節もあれば、痩せている節もあります。そうした魚の個体差があることと合わせて、火の入り方やカビをつける環境など、たくさんのことが要因となってかつお節の出来は変わるんです。
平井
節ごとにそこまで差があるとは思いませんでした。
大塚
生産者さんから届いたかつお節を一番いい状態まで熟成させることが、問屋の仕事なんです。
平井
失礼ながら、その問屋の仕事というのが、世間にはいまいち知られていないですよね。
大塚
そうですよね。一部では中間搾取事業と思われているんですけどね(笑) 生産者さんからかつお節を大量に仕入れて、それをかつお節屋さんや乾物屋さんに使いやすい量で卸すというのが、問屋の仕事のひとつです。
平井
はい。
大塚
もっと言うと、大ロットで仕入れた品物を小ロットに崩して卸すだけではなくて、その中でも品質の異なるものをお客さんの好みや求めるものに合わせて適切に仕分けていくことが、問屋の本来の仕事だと思っています。
築地のお魚屋さんだとわかりやすいと思うんですよ。ここのお寿司屋さんは、こういう魚の、こういう質が好みだから、その好みに合わせた魚を入れようとか。私たちがやっているのもそれです。かつお節をお客さんの好みに応じて、一番おいしい状態までに仕上げて届ける。そういうことをやっている問屋は少ないと思いますよ。
平井
そういう問屋さんが少ないのはなぜなんでしょうか。
大塚
それは、かつお節のことを「見れていない」からだと思います。
平井
詳しく教えてください。
大塚
この節は脂が乗っている、この節は痩せていることはわかったとしても、それがどういう味なのかがわからなければ、結局仕分けはできません。節を見て味の最終的なゴール地点を明確にイメージして、それをお客様の好みに合わせて仕分けて届けることが私たちの仕事なんです。味がわからなければそれができない。
平井
そうか、商品のかつお節を事前に味見するわけにはいかないから、節の見た目で味を判断しないとならないんですね。そのためには、膨大な情報量と経験が必要になると。
大塚
そうです。かつお節の味がわかるというのは、「出汁をどれだけ引いてきているか」ということです。ちゃんとイチから自分たちの手でかつお節を削って、削りたてで出汁を引いて、それがどういう味なのか。見立て通りの味なのか。分析しながら検証を繰り返すということをやるべきなんです。
平井
なるほど。それは相当な時間と経験の積み重ねが必要ですね。
大塚
うちではかつお節の品質は社長の稲葉が見極めます。とにかくうちは味一番でやっています。
平井
全国的にもかつお節の目利きができる人は減っているんですか。
大塚
はい。以前はうちの稲葉も「何人かいるんじゃねーの?」て言ってたんですけど、目利きのみなさんは年齢が80を超えていらっしゃるんですね。となると、ほとんどの方が引退されているという状況です。
平井
大塚さんはいま「目利き見習い」としてやられています。稲葉社長とは違う目利きをすることになると思うんですが、いろんな目利きがいていいわけですよね。
大塚
そうですね。どうしても属人的な仕事なので、まったく同じ仕事としてトレースはできません。その中で自分が大事にしたいことを稲葉の考え方とすり合わせて、ベストと思えるかつお節を用意するという考え方です。ただ私も稲葉と基本的な考えは同じで、「おいしいかつお節を届けたい」という思いです。
平井
かつお節を発注する飲食店の方に何かアドバイスはされているんですか。
大塚
そうですね。知識が豊富ですでにいろんなものを試されている方は、そこに何を求めるかという軸が大体決まってるんですね。その中で、こういうものはいやだ、こういうものが欲しいという精度を高めるために会話をしていきます。もらった言葉を自分の中で噛み砕いて、じゃあこのお店はこういう昆布を使っているし、こういうお水で、こういう料理の傾向なので、こういうかつお節が合うかなと提案します。
平井
へーー。そこまで寄り添った作業になるんですね。
大塚
そうですね。例えば大阪のお店であれば、昆布主体の出汁なので、関東で好まれるかつお節を持っていくと「いらんわ!」て言われちゃうんですよ。
平井
はい。
大塚
関東の料理店ですと、まず関西に比べて水が硬い。使う調味料は色も味も濃く、香りも立つので、それに合わせてお椀の蓋を取ったときに鰹の香りがフワッと立ち昇る、そんなかつお節を選んでいきます。
平井
いやー、おいしい料理の画が浮かびました!
大塚
うちはこれを「オーダーメイド」と呼んでいます。
平井
オーダーメイドか。たしかに。
大塚
明日配達に行く日本料理店の節は、まさにオーダーメイドです。このお店の料理人は女性の方なんですが、繊細な味と香りを求めていらっしゃいます。素材の邪魔をするので香りは控えめがいい。だけど、かつお節の底力を持った旨味は欲しい。だから節の大きさがそれなりにあって旨味はしっかりしているけれど、脂が強すぎると香りが強くなるので、脂は少し控えめなものがいい。そんなご要望でした。
平井
はーーー。いま出た条件を満たしているのは「これ」と、数ある節の中から目利きするわけですよね。
大塚
そうですね。
平井
もちろん、味見できないわけですよね。
大塚
はい。
平井
それ、凄すぎます。
<つづく>