平井
大塚さんが稲葉社長と話していて印象的だった言葉はありますか?
大塚
「鰹は死んでいても、かつお節は生きている」という言葉ですね。これって問屋に届いたかつお節をそこからまた育て上げていく、という意味なんですけど。届いた段階では小さいひよこのような状態で、要はかつお節としてまだ完成していないんです。
かつお節の生産者さんは、かつお節をつくることが仕事であって、かつお節を使う方の要望に細かく応える仕事はやっていないわけです。生産者さんがその仕事をできないのは当たり前で、最終的な消費者の好みに合わせるのは私たち問屋の仕事です。
平井
こちらで使われている節は、すべて鹿児島県枕崎のかつお節職人である宮下さんのところのかつお節とのことですが。
大塚
はい、本枯節も荒節もすべて宮下さんのところのものです。うちが仕入れているのはこちら1軒だけです。万が一があったときのために、宮下さんには「うち以外にも取引先つくっておいて欲しい」と伝えています。
平井
いい信頼関係ですね。
大塚
生産者さんには、しっかりかつお節のクオリティを求めます。質に対してはいろいろと言わせてもらいます。その代わり絶対に値切りはしません。向こうの言い値で買うんです。だっておいしいものをつくってほしいから。
平井
はい。
大塚
うちも昔は取引先がたくさんありました。ただ今以上に大量生産・大量消費の時代だったので、私たちと生産者さんとの考え方がうまく噛み合わなくなっていきました。
バブルに入るころ、かつお節はどんな質のものでも持っていくだけで売れたそうです。だからどこも良いかつお節をつくろうとはならなくなった。いいものをつくっても、それを求める料理店さんが減っていく。求める消費者も減っていく。そうするとわざわざその仕事をする人がいなくなった。
その繰り返しが10年20年と続くと、いいかつお節をつくれる人がいなくなっちゃうんですね。宮下さんは、おいしいかつお節をつくれる数少ない生産者さんです。おいしいものをつくりたい生産者と、おいしいものを届けたい問屋がうまく噛み合った感じです。
平井
なるほど。良いコンビですね。原料となる鰹はどうやって獲られたものなんですか?
大塚
「枯れもの」は一本釣りです。「荒節」は原料が手に入りづらいので、一本釣りのものも使いますし巻網のものも使います。
平井
一本釣りと巻網では違いますか?
大塚
違いますね。原価や魚の質も違います。おいしいものをつくろうと思うと、やっぱり一本釣りのものを使いたい。だけどそもそも原料が手に入らない。しかたなく荒節に関しては、巻網で獲れたものも使うようにしています。
平井
一本釣りのものが良いのは、鰹の身体に傷がつかないからですか?
大塚
それもあるんですが。巻網で獲ると鰹が網の中でビチビチ暴れるんです。暴れて運動することで旨味成分の元が鰹の中からどんどん減っていきます。人間も運動すると乳酸菌が溜まりますよね。筋肉痛の原因ですけど。それが溜まることで、酸味があって旨みの減ったかつお節になるんです。
平井
へーー。
大塚
一本釣りのものを選ぶのは、旨みがたくさんあって酸味が出ないから。旨味のあるかつお節だからこそ、うちのかつお節は少ない量で出汁が引けるんです。
平井
鰹の獲り方でかつお節に違いが出るのはわかりました。それを原料につくるかつお節職人さんの作業ではどうですか?
大塚
出汁に渋味、えぐみ、苦味が出るのは、結局は職人さんによるかつお節のつくり方が大きく影響しています。渋味やえぐみのもとは、つくる工程で煮方が甘いから。しっかりと火が入っていないんです。そして苦味のもとは、鰹を内臓付きのままで煮てしまっているからです。
そもそも鰹を捌いてから煮るわけですが、主流の捌き方は「包丁をつかって捌いて、3枚におろして柵にする」だと思いますよね?
平井
はい。
大塚
じつは、こういう捌き方をしたかつお節は少ないです。
平井
え、そうなんですか。
大塚
宮下さんのところでは、包丁をつかってすべて手作業でやっていますが。
市場に出回る多くのかつお節は機械を通してカットしています。カッターで頭を切り落として。お腹の皮の部分をVの字にカットして、上下と左右にスッと切り込みを入れるんです。このとき機械の切り方が甘いと、エラが付いたままなんです。で、内臓をきちんと取るか取らないか。
鰹をこの丸のまま煮ていきます。柵の状態と全然違いますよね。このやり方だと包丁は使わないで済むし技術もいらない。茹であがった鰹から中骨や細かい骨を取っておしまい。骨が残ることもあります。ただ非常に簡単で早くつくれます。これだと1時間に6トン7トンもできます。
平井
効率よく、たくさんつくれますね。
大塚
で、宮下さんのように手作業だと、1日で800kgが最大なんですよ。いまは平均で600kgと言っていました。
平井
自分たちですべて手作業でやるわけですからね。それでもすごい量のような気がします。
大塚
そうなんですよ。鰹を何十本と手作業で捌きますからね。背びれを取るのも鱗を取るのも手作業です。これが昔ながらのかつお節のつくり方です。いまこうしてつくっているのは、日本で5軒もないと思います。
なぜかというと、基本的に大量生産しないと経営が成り立たないんです。おひとりで生産されている方も、ご高齢の方もいらっしゃいます。もともとは家族でやっていたのを、家族がいなくなってひとりでやるようになったとか。
「その方のかつお節でないとだめ」と言われる職人さんは、それでも継続できます。ただし多くの量をつくれないですし、利益もそんなにあるわけではないけれども、「お客さんがいるからつくるよ」というところがほとんどです。
平井
この先、そうした生産者さんがかつお節づくりを続けていくのはむずかしそうですね。
大塚
はい。代替わりするのもむずかしいと思います。うちも商売があるから、かつお節の生産者さんが減ってきているのは課題です。若い生産者の方がいたら声をかけたいくらいです。「うちのかつお節つくりませんか」て。
<つづく>