水口拓也
旅とおむすびとデザインの「山角や」主宰。2012年に活動を開始。2019年に活動の拠点を東京から京都に移す。ワークショップやケータリングなど食べることを通して、人と人、地域や風土、食材をむすぶことを大切にしている。日本のソウルフード「おむすび」の新しい魅力を提案している。
「山角や」のウェブサイト
http://sankakuomusubi.jp/
店舗をもたないおむすび屋「山角や」を営む水口拓也氏。
お米、水、塩、具材、そして道具への愛着。
出来立てのおむすびを食べてもらうことへのこだわり。
様々な人と触れ合う中で、たくさんの「おいしい」に出会う。
結ぶにフォーカスしたフォトエッセイ。
こんにちは、第4回目の「おむすびと出会い」へようこそ。みなさんはお米アレルギーという言葉は聞いたことがあるだろうか? 我が家の長男は生まれてすぐ、色々なアレルギーがあることが分かり、お米もその一つだった。お米アレルギーだと聞かされた時は、さすがに落胆した。でも、それは知ってるようで知らなかった「米」との新たな出会いの始まりでもあった。
フードアレルギーの原因は、食物に含まれるタンパク質。長男のご飯を試行錯誤するうちに、現代で好まれるもっちりしたお米には、タンパク質が多く、昔ながらのさっぱりした味わいのお米は、タンパク質が少ないことを知った。さらに長男は、原種米に近いほどアレルギー反応が出ない傾向があった(これはあくまでも、長男のケースであり、どのお米アレルギーの方にも当てはまるものではないらしい)。
そんな我が家で、長男と一緒に日常的に食べているのが、今回ご紹介する「土ある暮らし 丸瀬家」のお米だ。
鳥取県米子市の大山の麓で活動する「土ある暮らし 丸瀬家」は、夫婦のユニット。自然栽培の作物とお菓子を柱に、拠点「食べれる森シュトレン」を運営、衣食住に関わるイベントも行っている。
旦那の「まるちゃん」こと丸瀬和憲さんは、鳥取出身。主に米、胡麻、麦、大豆、にんじんの自然栽培の農家をしている。まるちゃんは面白い経歴の人だ。イタリアで鞄職人をしていたが、2008年頃のEU金融危機による暴動、2011年のニュースで届いた東日本大震災から、「ダイレクトに人の命をささえるものづくりがしたい」と考えが変わった。日本へ帰国し、パーマカルチャリストの農家で有機農法を学ぶ。さらに自然栽培と出会い、「地球と人間の未来にやさしい農法をしよう」と自然栽培農家として2013年就農に至った。まるちゃんの背景には、イタリアで知ったスローライフ・スローフードに象徴される地域を巻き込んだエコな生き方の影響があり、一農家の枠に留まらない「地域とものづくり」をテーマにしている。
そして、奥さんの「きなこ」こと丸瀬由香里さんは、お菓子作家。きなこは、10代で全身に慢性蕁麻疹を発症し、引きこもった数年があった。大好きな海外の焼き菓子も、治療のため断つことに。その頃マクロビオティックを初めて食して、久しぶりに何の不安もなく完食できた時、「自分はこれで生きていく!」と学び始めた。そして、あの海外風のおおらかなお菓子を、マクロビレシピで再現しようと試みたのが今の「可笑しなお菓子屋 kinaco」の始まり。自分の命のためにやっていたことが、そのまま仕事につながっていったのだ。特に名物「ビスケ」は、甘いものを食べない僕がこれだけは好物なくらいに美味しい。二人の経歴を聞くと、暮らしと活動がリンクしているのが分かる。
さて、お米の話。「土ある暮らし 丸瀬家」で自然栽培しているのは、「鳥取旭(とっとりあさひ)」という品種だ。お米にはさまざまな品種があるが、その背景には品種改良を重ねてきた歴史がある。いま市場にならぶ米の元の親にあたる品種の代表格が西の横綱「旭」、東の横綱「亀の尾」の二つ。「旭」は京都から広まり、栽培を重ねるうち「近江旭」や「鳥取旭」に派生した。
まるちゃんは、鳥取に合った品種を選ぶことで、土地に順応する米の力をより引き出せると考えた。そこで鳥取で過去に栽培されてきた数品種から選んだのが、可能性を感じた「鳥取旭」。80年ほど前から栽培が始まり、その美味しさゆえに、長年鳥取県が栽培推奨していた品種だ。だが稲穂が落ちやすい(脱粒性)ため、コンバインでの収穫にそぐわず、推奨から外された。それがちょうど農業に、機械化、化学肥料、農薬が入ってきた時期である。以降、「鳥取旭」は鳥取でほとんど栽培されていない。
まるちゃんが、「化学肥料や農薬なしで育てていた時代の品種は、自然栽培しやすい」と教えてくれた。人が撒く肥料をあてにせず、自ら栄養を吸収しようと、根っこを深く張る。逆に肥料を入れると途端に倒れる。そういう生命力のある品種なのだと。「鳥取旭」が、生きる力が損なわれていない米だと知って、僕は心が動かされた。本来の自然な成長を促し、雑草と背比べをしながら育つ米の美味しさは目を見張るものがある。
丸瀬家の田植えと稲刈りに、お邪魔するようになって数年になる。自然栽培の「鳥取旭」は晩稲で、6月頃が田植え。気温がぐんぐん上がる時期、東南アジア原産の植物である米にとって成長しやすい気候だ。慣行栽培のコシヒカリはまだ肌寒い5月頭に行うから、丸瀬家は1ヶ月遅れて植える事になる。周りの慣行栽培の田んぼは、苗が密集して大きく育ち、青々として見える。まるちゃんの田んぼは、ひょろりとした赤ちゃん苗を、一本づつ間隔を空けて植えたばかりだから、全然景色が違う。その景色を見ながら、僕は、都内の満員電車とローカル線くらい密集度が違うなあと思った。
稲作初心者の僕の仕事は、苗を植えたあとのチェーン除草。3メートルほどの長さの角材に20センチのチェーンがフリンジ状にぶら下がったものを使う。運動部のタイヤ引きの要領で、角材を引っ張るロープを腰にかけ、水を張った田んぼをゆっくり歩む。チェーンで泥の上層5センチをかき回すことで、雑草の種が根を張るのを防ぐ効果がある。こんなに重いものをイネに乗せて大丈夫かと思ったが、イネの葉の表面はガラス質で、水を弾いて水面から出てくるから大丈夫、とまるちゃん。覗き込むと、なるほど立ち上がってきた稲は少しも泥に汚れないで、輝く緑色のままだ。この作業を機械でやると苗は倒れてしまうから、慣行栽培では苗を大きく育てておくか、農薬で雑草を防ぐかになる。農家さんの目線で教えてもらうと、田んぼで何が起こっているのか見えてきて楽しい。まるちゃんは「こんな作業しとる田んぼないけん、周りの農家は何やろって見とると思う」と笑う。
秋は、稲刈りシーズン。自家採取を続ける丸瀬家の田んぼでは、収穫と共に種取りも行う。「種取りは米に極力やさしく、自然に近いかたちで」がまるちゃんのこだわり。ほぼ手作業で行う。はざ掛けで自然乾燥し、乾燥機での強い圧力や種籾(たねもみ)に負担がかかるのを避ける。脱穀にコンバインを使わず、足踏み脱穀機でやるのもおなじ理由だ。
「同じ米が何代にもわたって同じ地で育つ。そうして世代が更新されていく間に、土地の気候や土の情報が、種に引き継がれていくんじゃないかと考えている」、そうまるちゃんが思い描く鳥取旭たちは、自家採取を繰り返すことで、いわば丸瀬家米となるのだ。「それが自家採取の魅力。種は、物作りの延長やと考えとるけん」、クラフトマンのまるちゃんらしい言葉だと思った。
僕は田舎の石川で、祖父母がやってた慣行栽培の田んぼしか知らない。だから、自然栽培の丸瀬家の田んぼが新鮮に目に映る。「こんなに周りと違って、大丈夫か?」自分が自然栽培農家なら不安になるだろうと思う。それでも自分のやっていることを信じられるか、どの自然栽培農家さんもその葛藤プロセスを通過してきているんじゃないだろうか。慣行栽培が、周りの農家と歩調を合わせるイメージだとしたら、自然栽培は自然を見て、自然を相手にしている。そんな違いを感じた。まるちゃんは「鳥取旭に向き合っていこう、と決めたんで」と真摯な姿勢で田んぼに立つ。
僕が最も印象深かったのは「収穫量よりも、気持ち良く育ってくれている方が大事」という言葉だ。我が子のように野菜を育てる、とはよく言われるフレーズだが、それ以上の覚悟を感じる。自然栽培は、ひとつの野菜の作り方から考える「暮らしの在り方」だと、まるちゃんが教えてくれた。他の農法がどうであれ、一番近くにいる子どもたちに自分の姿を見せる、それでいい、そんな在り方。丸瀬家の農業に接すると、僕の暮らしの在り方はどうだろうと自問する。
鳥取県米子市で、米、胡麻、麦、大豆、にんじんを育てながら大工仕事もやってしまう旦那まるちゃんと、料理、お菓子作り、「食べれる森シュトレン」を運営するきなこの夫婦。子供は二人。子育てと、仕事と暮らしのバランス感が絶妙!また歩みを共にする仲間も募り中。
丸瀬家オンラインショップ
https://maruseke.theshop.jp
きなこインスタグラム
https://www.instagram.com/suttoco.kinaco/
まるちゃんインスタグラム
https://www.instagram.com/maruseke_danna/
水口拓也
旅とおむすびとデザインの「山角や」主宰。2012年に活動を開始。2019年に活動の拠点を東京から京都に移す。ワークショップやケータリングなど食べることを通して、人と人、地域や風土、食材をむすぶことを大切にしている。日本のソウルフード「おむすび」の新しい魅力を提案している。
「山角や」のウェブサイト
http://sankakuomusubi.jp/