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おむすびと出会い

店舗をもたないおむすび屋「山角や」を営む水口拓也氏。
お米、水、塩、具材、そして道具への愛着。
出来立てのおむすびを食べてもらうことへのこだわり。
様々な人と触れ合う中で、たくさんの「おいしい」に出会う。
結ぶにフォーカスしたフォトエッセイ。

vol.3
多様性と日本人のおなか

こんにちは、第3回目の「おむすびと出会い」へようこそ。

僕が住んでいる上賀茂地域一帯は、11月も末になると、独特の香りが漂ってくる。その香りを嗅ぐと「ああ、冬が来たなあ」と実感する。今回の「おむすびと出会い」はそんな京都の冬の風物詩のお話。

香りの正体は、「すぐき漬け」。京の伝統野菜「すぐきかぶら」のお漬物。すぐき漬けを樽で発酵させる時に出るその香りは、酸味と古いカビくささが混じっている。あまり食欲をそそるものでは無いけれど、嫌な印象はなく、ぬか床やブルーチーズの香りが美味しさに繋がるのと似ている。

実際のところ、Uターンで京都に戻るまで、僕はすぐき漬けの存在を特に意識していなかった。子どもの頃も食卓に並んでいたと思うが、その美味しさに気づいたのは大人になってからである。すぐき漬けって、不思議な食べ物だと思う。いわゆるガツンと「うまい!」という特徴があるかと言われれば、ちょっと答えにくい。地味な見た目、「酸茎(すぐき)」と書かれる所以である独特の酸味、のべっとした食感。分かりやすい美味しさが凸だとしたら、すぐき漬けの美味しさは凹のイメージ。引算された美味しさがある。冬になると自然とすぐき漬けが食べたくなる。舌先で感じる美味しさではなく、身体の内側で感じる美味しさなのだ。

僕とすぐき漬けの距離を縮めてくれたのは、高校時代の友人「たまだくん」。実家の農業を継ぎ、すぐき漬けを作っていると聞いて早速会いに行った。

玉田農園の五代目であり、旧友の玉田芳弘くん

たまだくんこと、玉田芳弘くんは、上賀茂地域で300年続く玉田農園の五代目。玉田農園は、野菜を作るだけではない。たまだくんのお母さんは、早朝、軽トラに採れたての野菜をたんまり積んで、お得意さんの家々を回る。「振り売り」という昔ながらの販売スタイルを可能にしているのは、生産者と消費者の距離の近さと、信頼関係が成せるもの。「玉田さんとこのお野菜」を楽しみに待つ朝、野菜をスーパーで買う以外の選択肢があるってなんて豊かなんだろう。

玉田農園は、冬になれば「すぐき漬け」作りもやる。自家用に漬物を作る農家さんは珍しくないが、玉田農園は、冬の主力商品が漬物なのだ。そうしたすぐき農家は、今は数が減ったが、上賀茂地域に60件ほど残っている。

すぐき漬けの始まりは古く、桃山時代に遡る。たまだくんのお父さんが「上賀茂地域ですぐき漬けが作られるようになったのは、上賀茂神社の社家が、すぐきかぶらの種を持っていたのが始まりとされている」と教えてくれた。それ以降、すぐきかぶらは自家採種で、農家ごとに代々、種を守ってきたとのこと。

すぐき漬け発祥の地 上賀茂神社。境内にすぐき漬け独特の手法「天秤漬け」の展示がある

すぐき漬け作りは、ほぼ手作業で行われる。工程は大きく春のタネ採り、秋のすぐきかぶら育成、冬のすぐき漬け作りに分けられる。9月に畑を耕して、春にタネ採りしておいたすぐきかぶらの種まき。11月にすぐきかぶらを収穫して、「すぐき漬け」を作る。漬物作りの朝は寒くて早い!朝5時半から夕方まで、雨が降らなければぶっ通しのハードな作業。すぐき漬けの季節は家族総出で、1か月半に渡り、すぐき漬けを作り続ける。主な工程を以下、写真で紹介する。

【1. 種まき】自家採種でつないできた種。米つぶよりも小さいがかぶらは大きく育つ。
【2. 収穫】一般に生のすぐきかぶらを見る機会は無い。ほとんどが「すぐき漬け」へ姿を変えるからだ。
【3.皮むき 】根の生えた部分を面取りする。同時にサイズも揃えていく手作業ならではの工程。これは女性の方が丁寧で仕事が早い、とたまだくん。家族それぞれに得意な仕事があり「家族の誰一人欠けても、今のすぐき漬けは作れない」と言う。
【4. 粗漬け】大きな樽にすぐきかぶらが並ぶさまは壮観。野菜の水分を抜き、旨味を引き出すため、塩を振る。テコの原理を使った伝統手法「天秤漬け」は、2人掛かりの重労働のため、近年は機械化するすぐき農家もある。
【5. 洗い】一晩、荒漬けをしたら、樽から出して手で水洗い。これを底冷え厳しい真冬の京都で、早朝から行うのだから、厳しい仕事だ。
【6. 塩漬け】ちいさな木樽でもう一度、塩漬け。かぶらに傷が付かないよう丁寧に重ねていく。熟練の技で隙間なく詰めると、かぶらの層は7段にもなる。
【7. 室(むろ)で乳酸発酵】元来すぐき漬け作りは、発酵に適した暖かな6月頃だったが、すぐきかぶらの旬の冬に作るようになり、室(むろ)で40度前後に加温・発酵させる手法になった。重い樽や巨大な重しを動かすのは、男性陣の仕事。
【8. 完成】約1週間で室(むろ)から出し、2~3日かけて常温に冷ます。ひとつひとつまとめ髪のように葉を美しく巻き、出荷する。ここで5段階にサイズ分けをするのは、玉田農園ならではの丁寧さ。

たまだくん曰く「一番大切なのは塩加減」。漬け樽の大きさ、幾つのかぶらが入っているか、を頭に入れながら、振る塩の量は身体の感覚で覚える。その結果は、漬け上がる25日後まで分からない。レシピは無く、「オヤジのやってることをひたすら目で肌で覚える」。ひとつ30kgの重しをいくつも乗せ、漬け上がると、元のかぶらの2/3ほどの大きさまでぎゅっと凝縮される。

すぐき漬けの味付けは、塩のみ。塩は殺菌効果があるが、すぐき漬けの乳酸菌は塩分に強いので生き残り、発酵の立役者となる。免疫を司る菌の約60%は、腸に宿ると言われていて、腸まで届く乳酸菌が豊富なすぐき漬けは、スーパーフードと呼ばれることもある。昔のすぐき農家さん達は、常在菌の存在を経験則で知っていたのだろう。たまだくん曰く「その土地に漂っている菌が漬物に付くんや」だそう。菌との共存、まさに身土不二だ。土地に漂う菌だから、他の土地では同じものは作ることができない。さらに言うと菌は、個々の木樽や室(むろ)に存在するため、すぐき農家ごとに微妙に違っていて、それが味を決めている。「あそこのすぐき漬けは酸味や香りが強い」、「ここのはあっさりで食べやすい」と食べ比べる楽しみがあるのもすぐき漬けの魅力。

我が家では冬になると、子どもも大人もこぞってすぐき漬けを食べる。切っても切っても無くなる、すごい消費量。免疫力を高めたい感冒の季節、乳酸菌が豊富なすぐき漬けを、身体が本能的に求めるんじゃないか、と僕は思っている。そして春が近づいてくると、無意識にすぐき漬けへ箸が伸びるのがゆるやかになって、すぐき漬けのシーズンも終わる。自然の摂理によく適っている。すぐき漬けを食べるようになってから、僕のおなか、日本人のおなかを支えているのは菌なんだなと実感している。

どのすぐき農家さんにも、漬け樽を置く作業場や、室(むろ)のための大きな建物がある。一年のうち1か月半のためにその設備を所有し、日々の農作業に加えて、冬ごと重労働を続けるのは、片手間の仕事じゃできない。高齢化と作業の大変さからすぐき農家が減っている現状を見ると、自分たちだけで育てて漬けている玉田農園のすぐき漬けは、とても貴重。こんなに大変なことを守り続けている原動力ははなんだろう?

その質問をたまだくんへぶつけてみると、何度も出てきた言葉は「現状維持」と「正解がない」。まず、維持するのはクオリティ。「玉田さんとこは仕事が丁寧ですね」、そう取引先からの評価があるのは、先先代の技術をしっかり継いで来てくれた父親のおかげで、それを自分は守っていく。設備を修繕する場合も、味を左右する菌を保つことを最優先に考える。と同時に、生産者によって風味が違うすぐき漬けは、他と比べても正解は無くて「うちのすぐき漬けはこうじゃないかな」という感覚を磨いていくしかない。そして、たくさんの人に美味しいと思って食べてもらいたいから、今の時代に受け入れられる道も模索している。保つために変えない、正解のない解を求めていく、そのふたつが、自分の代で出来る最善のことなのだ、とたまだくんは答えてくれた。

昔は宮中の贈答品、今はお歳暮として喜ばれるすぐき漬け。無駄のない美しい姿。

昨冬は毎日のように、早朝の玉田農園にお邪魔して勉強させていただき、一層すぐき漬けに惹かれるようになった。特にたまだくんが語ってくれた、他との比較では無く、うちのすぐき漬けをどう作っていけるか、という姿勢がすごくいいなと思った。僕も同業だとか競合だとかというのは意識したことは無くて、自分のいいと思うおむすびを追求したり、後世に残したいと思える食の在り方に興味があるから、活動を続けている。結果的に、周りから一風変わったおむすび屋として認識されるようになっていた。すぐき漬けは、農家によって風味に個性があって、どれもがそれぞれに美味しい。漬け樽の菌によっても微妙に違うし、気候によっても毎年違う。どのすぐき漬けも、唯一無二。それは多様性に繋がっていく。多様性は、広がりであり豊かさだ。今回のご紹介も、すぐき漬けはこうだ、と一括りに断定するものではなく「玉田農園のすぐき漬け」として読んでいただければ嬉しい。

口当たりがよく柔らかな酸味が持ち味、玉田農園のすぐき漬け。たまだくんのおすすめの食べ方は、七味と醤油を少々。
ついつい残ってしまう葉っぱの部分も美味しく味わいたいということで考えたすぐきの葉巻き

発酵食品である漬物は、おむすびのベストパートナー。今回は発酵スペシャルと言うべき山角やのメニューを紹介したい。その名も「納豆チーズすぐき巻き」。発酵三重奏だ。すぐき漬けは、かぶらと茎の部分を使う。チーズはパルミジャーノ・レッジャーノがあればベスト。納豆は、ひきわりだとご飯に包みやすい。全て細かく刻む。それをご飯に混ぜておむすびにし、すぐき漬けの葉を開いて包むと出来上がり。これは是非、ほかほかご飯で作ってほしい。すぐき漬けとパルミジャーノ・レッジャーノ、両方の酸味の掛け合わせが温度によって引きたつからだ。一見奇抜な組み合わせだが、納豆のまろやかさがまとめてくれる。ちなみに、残ったすぐき漬けの葉や茎は、刻んで豚肉と炒めると美味。我が家の冬の定番おかずだ。

さあ今年は、どんなすぐき漬けに出会えるだろうか。ちょうど息子の保育園送迎の道は、すぐき農家さんが立ち並ぶ一帯。この冬も、僕は息子を自転車の後ろに乗せながら、すぐき漬けの香りの中、お腹を空かせて走るのである。

▼玉田芳弘

上賀茂で野菜づくり、すぐき漬けを作っている玉田農園の5代目。高校時代は、賀茂の蹴部の守護神。今は三男の父。近年ひっそりはじめたすぐき漬け直販は全国に発送も可能。
https://jp.mercari.com/user/profile/705315440


水口拓也

旅とおむすびとデザインの「山角や」主宰。2012年に活動を開始。2019年に活動の拠点を東京から京都に移す。ワークショップやケータリングなど食べることを通して、人と人、地域や風土、食材をむすぶことを大切にしている。日本のソウルフード「おむすび」の新しい魅力を提案している。

「山角や」のウェブサイト
http://sankakuomusubi.jp/

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