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おむすびと出会い

店舗をもたないおむすび屋「山角や」を営む水口拓也氏。
お米、水、塩、具材、そして道具への愛着。
出来立てのおむすびを食べてもらうことへのこだわり。
様々な人と触れ合う中で、たくさんの「おいしい」に出会う。
結ぶにフォーカスしたフォトエッセイ。

vol.2
文化とソウルフード

第2回目の「おむすびと出会い」へようこそ。今回ご紹介する人は、「しらす創り七代目 山利」の木村尚博さん。和歌山で160年以上続く、老舗しらす屋の当代である。僕は尊敬と親しみを込めて「なおさん」と呼んでいる。

出会いは、東京にいた頃にさかのぼる。互いに同じイベントへ出店した際、しらすがあまりに美味しくて、声をかけずにはいられなかった。よく笑う人懐こい兄ちゃんだと思って「しらす美味しかったスね!」と軽いノリで話しかけた。しらすのことを聞くと、一聞いて十返ってきて、その話に圧倒された。いつでもどこでも「しらす屋」としてブレない熱き人なのだ。

余談だが、この連載のためにインタビューしたら、3時間でも足りなかった。何とか凝縮してお届けすべく、無い文才にハッパをかけて、執筆をしている次第だ。

七代目 木村尚博さん

なおさんの目線は、いつも日本全体に向いている。原動力は「しらすは文化」という思い。古来より、海に囲まれた日本で食されてきたしらすは、日本の食文化だ。どの飲食店にもしらすのメニューがあるくらい広めたい、とビジョンを語る姿に、江戸時代から続く老舗しらす屋の歴史の重みと、しらす業界全体を興す責任感がにじむ。脈々と引き継がれてきたそのしらす屋スピリットは、しらす創りにも表れている。

早朝の港に漁獲したばかりのしらすの船が帰ってくる
水揚げされるやいなや競りが行われる。しらすの目利きはまさに瞬時

山利のしらすの美味しさの理由を知りたくて、僕が和歌山を訪れたのは5月のこと。和歌山加太沖のしらすの旬は、春(4月ごろ)と秋(10月ごろ)。

山利のしらす創りは、港に水揚げされたしらすの競りから始まる。七代目としての目利きが光る瞬間だ。競りの後、港から目と鼻の先にある工場へ運んだら、すぐさま釜あげ工程に入る。しらすを洗って、茹でる、シンプルに見える仕事には驚きがたくさん詰まっていた。

一つ目の驚きは、しらす主体のオペレーション。「しらす来た!よっしゃ始めよう!」の一声で、スタッフと工場が一斉に動き出す。なおさん曰く「釜あげしらすは鮮度が命なんで。しらすに合わせて人を動かす、工場を動かす」。この新鮮さと品質へのこだわりが、山利の味のすごさだ。

二つ目の驚きは、手仕事の多さ。水揚げされたままのしらすは、不純物などが混じって灰色をしている。これを丁寧に人の手で洗いほぐす。しらすをザル一杯ずつ掬うと、一匹ずつがピンとして透明の美しい姿になっている。他に、茹で湯の塩加減も、茹で加減も、しらすの状態を見極めて人の手で行う。

三つ目の驚きは、洗いほぐしに井戸水を使っていること。年間通じて冷たい井戸水は、しらすの鮮度を保つ。和歌山の海で育ったしらすを、和歌山の井戸水で洗う、江戸時代からこの地で営んでいる山利ならではだ。

こうして、人の手と井戸水で大切に下処理されたしらすを、グラグラの大鍋で一気に茹で上げる。この時、鍋に入れる天然海塩のミネラルに反応して、しらすの旨味がグッと増す。新鮮ゆえに、長持ちさせる目的でしょっぱくする必要は無い。あくまで旨味を引き出すための控えめな塩梅に留めてあるのも山利のこだわり。

出来上がった「釜あげしらす」は、風で冷ましたら冷蔵して全国各地へ配送される。

井戸水で洗い一杯ずつザルで掬う。人の目と手をかける丁寧な仕事
一匹ずつシャンとして、本来の透明さが際立つ

水と塩だけで、一度食べたら忘れられない釜揚げしらすにしちゃうのだから、山利はすごいのである。シンプルな素材といえば日本のソウルフード、おむすびも同じだ。米、水、塩。山角やで「塩むすび」が一番のおすすめなのは、素材たちの一番いい所を引き出すようにしているからだと思う。

その美味しさのためには、素材の味だけでなく、製造工程や、その年の気候、保管方法はどうだったかまで僕は知りたい。シンプルな素材だからこそ、背景さえも美味しさに直結するのだ。もっと言えば知識だけでなく、素材への愛情やリスペクトといった、言葉や形にできない部分も影響すると思っている。作り手がどんなビジョンを描いているか、どんな思いで素材へ向き合っているか。

ふと、なおさんの「しらすは文化」という言葉が、僕の脳裏をよぎる。山利のしらすは、初めて食べた時に衝撃が走った。水と塩としらすがあれば、誰もが出せる味ではない。江戸時代から磨いてきた技術はもちろんのこと、先祖代々しらすに向き合ってきた計り知れない時間や、親から子へ受け継がれてきた気概があるからこそ、別格の美味さになる。

おむすびもそうだ。祭事でも日常でも、絶え間なく日本で食されてきた料理であり、古い歴史がある。先人たちの暮らしの中で洗練された知恵が、技術や方法を超えて生活様式となり、日本の「文化」となる。

食べる時に目には見えないが、しらす然り、おむすび然り、こうした日本の風土で育まれた「文化」に支えられているからこそ、シンプルな素材が、ご馳走に変わるのだ。

大きな釜で一気に茹で上げる。茹で加減は熟練の勘で

実は、僕が山利に見学へ訪れた時、釜あげしたてのしらすを「どうぞ」と特別に味見させてもらった。湯気が上がる釜あげしらす。これが感動する。ホカホカでふっくら。なのに、食感はしっとり。例えるなら、炊きたてのご飯を食べた時に似ている。羽毛のように空気をはらんでいるのに、一匹ずつはツルッとしてみずみずしい。ホカホカの湯気としらすの甘みで、口の中が満たされる感覚。もし「人生で一番美味しかったしらすは?」と聞かれたら、僕は「山利の温かい釜あげしらす」と即答できる。

そして、山利のしらすは食卓に届いてもフワフワなままで、さらにしっとりさが増す。その場のみんなが次々と指でつまんで食べてしまって、箱が空っぽになるんだから、相当な美味しさなのだ。

山利の釜あげしらす
お日さまと海風で釜揚げしらすを乾かすと、天日干しちりめんに
「やわ干し」と呼ばれる、絶妙な干し加減。これまた絶品

しらすだけでご馳走になってしまう、そんな山利の「釜あげしらす」。炊きたてご飯にのっけて、頬張ってください!と言いたいところだけど、それではおむすびにならないので、山角やの定番メニュー「しらす青のり」をご紹介します。

おむすび「しらす青のり」

しらすとごま油は、相性がすこぶるいいので、是非やってみて欲しい組み合わせ。しらすにごま油をまぶして、やや粒の粗い海塩を少々。これを具材にして、おむすびにする。外から青のりをかければ出来上がり。

口いっぱいに広がるしらすの旨味と同時に、鼻にはごま油の香ばしさが抜けていく。お米の甘みに、粒の残った塩がアクセントになって、五感に楽しい食欲の秋にぴったりのメニュー。ポイントは、しらすのふんわり感を潰さないように、優しくご飯で包み込むこと。そして出来れば使った食材やおむすびの「文化」へ思いを馳せてもらえれば、言うことなしだ。

しらす文化の担い手であるなおさんは、常に新しい挑戦をしている。消費者へ直接販売する小売や、しらす専門の飲食店をオープンするなど活躍の幅を広げているのだ。水揚げから食卓までの距離が近ければ、それだけ新鮮で美味しいしらすを届けられる。水が滞れば濁るように、文化もまた止まれば衰退してしまう。僕も先人の知恵を紐解きながら、おむすびのソウルフード道を精進していきたいと思う。

▼木村尚博

しらす創り山利の七代目木村利右エ門。東京で働いたのち山利を継ぐ。三人の息子の父でもある。趣味はサーフィン。

▼山利

和歌山市にて江戸時代から百年余り続く老舗しらす屋。看板商品はぷりぷりの「釜あげしらす」と、しっとりやわらかい「天日干しちりめん」。全国に山利のしらすファンが多く、関東の料理店でも山利のしらすメニューを扱う店がある。しらすは工場に併設している店舗で購入できるほか、オンラインショップも開設していて新鮮なしらすを届けてくれる。
https://yamari.info/home.html


水口拓也

旅とおむすびとデザインの「山角や」主宰。2012年に活動を開始。2019年に活動の拠点を東京から京都に移す。ワークショップやケータリングなど食べることを通して、人と人、地域や風土、食材をむすぶことを大切にしている。日本のソウルフード「おむすび」の新しい魅力を提案している。

「山角や」のウェブサイト
http://sankakuomusubi.jp/

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