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おむすびと出会い

店舗をもたないおむすび屋「山角や」を営む水口拓也氏。
お米、水、塩、具材、そして道具への愛着。
出来立てのおむすびを食べてもらうことへのこだわり。
様々な人と触れ合う中で、たくさんの「おいしい」に出会う。
結ぶにフォーカスしたフォトエッセイ。

vol.4
おいしいの未来(後編)

前編からのつづき。

ここからはお米の美味しさの話。「土ある暮らし 丸瀬家」の自然栽培された鳥取旭は、「作るからにはうまいもんを作らないと」と選んだ品種だけあって、味や香りは抜群。中でも「一年前のお米」とまるちゃんが食べさせてくれたお米が、美味しくて驚いた。日本では前年のお米は「古米」と呼ばれ、古びたイメージがある。

古米がどうしてこんなに美味しいのか?まるちゃんに質問すると、その答えは自然栽培と肥料にあった。自然栽培の作物は、作物本来の適正な大きさにしか育たない。だから小ぶりだったりするのだが、肥料ありの作物は大きく見栄えが良い。なぜなら肥料の窒素分を吸収した植物の細胞が水脹れすることで、早く大きくなる。これは見た目の話で、中身はどうかといえば、分かりやすい実験がある。自然栽培と肥料あり栽培、両方の野菜を水に入れると、自然栽培の方だけが沈む。ギュッと細胞が詰まっているからだ。自然栽培の米も同様、細胞が水脹れしていないので、保管しておいても劣化速度がゆっくりで、味がおちない。肥料分を多く吸っているか、少なく吸っているかの差が、長期保存するうちに大きく出てくるそうだ。「自然栽培の方が古米や熟成の楽しみはある」。目から鱗のまるちゃんの知識だった。

つまり僕が驚いた美味しさは、自然栽培ならではの熟成の味わいだったのだ。これが米の熟成か、と感動した。この味を知ってしまった山角やとしては、古米も美味しいんだよってことを是非広めていきたい。それと、丸瀬家の新米と古米を食べ比べた時、味の変化がよく分かって、おもしろい体験だった。新米、古米、それぞれの魅力があったのだ。今後はおむすびを通じて、新米だけじゃない米の魅力や、新しい米の楽しみ方をお伝えしていければと考えている。

炊き立ての玄米は、まるでお米が踊っているよう
玄米とはまた別の魅力が。しっとり艶やかな白米

今回ご紹介したいのは、「玄米塩むすび」。これはもう、ぜひ丸瀬家の鳥取旭米で作っていただきたい。山角やで、根強いファンが多いこのメニュー、これだけを食べに足しげく通ってくださるお客さんもいらっしゃるほどだ。お米の生命力まるごといただけるのが、玄米おむすび。特に、自然栽培のお米は余すことなく食べ尽くしたい。

手の平の腹でしっかり洗って、ひと晩は浸水する。新しい水に替えて、圧力鍋で炊く。あとは粗い自然塩で軽くキュッと結べば、お米の生命力のおかげで輝くように美味しい。丸瀬家の鳥取旭の玄米は、その香りは太陽の恵みと、土のミネラルと、植物の生命力そのもの。口に頬張れば、小粒な一粒ごとから米の力強い味わいが伝わってくるのに、食感はふんわりと優しくて、思わず顔がほころぶ。僕は常々、お米って作っている人に似ると思っているのだが、まさに丸瀬家の雰囲気そのものの味がする。

丸瀬家の拠点「食べれる森シュトレン」では、丸瀬家の鳥取旭米を食べることができる。ランチやお菓子は、きなこの担当。まるちゃんと仲間たちが改装した元牛舎の空間は、土壁で、木と光が穏やかで気持ちがいい。作物を作って、その作物で食事を作って、自分たちの空間で提供する。ワンストップ、ホリスティックな農家さん。ここまでやれるのは相当なこだわりがあるはずだが、丸瀬家のお二人は「うちらはまだまだ」「これからですから」が口ぐせで、あくまでオープンで柔軟だ。

オープンしたばかりの「食べれる森シュトレン」。そのうち周りの木々が成長し、森になる予定
胡麻の枝。胡麻は一粒で1万粒育つらしい
きなこのお菓子はいつでも大人気
「食べれる森シュトレン」のお披露目会。丸瀬家のドキュメンタリー映像を制作したのは、写真家の森本菜穂子さん(左から3人目)
キッチンをお借りして、おむすびのワークショップを開催

「美味しい」ってなんだろう。味だけを指す時代は終わり、安全と美味しいがニアリーイコール、という方程式に原点回帰しつつある潮流を僕は感じている。まさにその流れを体現するのが「土ある暮らし 丸瀬家」だと思う。そんな丸瀬家のこれからを聞くと、次世代の子どもたちへ残していきたいものに眼差しを向けていた。親世代が「これだめだよ」と答えを言うより「次世代の彼らが自分達の時代をどうしたいか選べるように、共にがんばろう」、そんなスタンスだ。具体的には拠点「食べれる森シュトレン」をいつでも訪れてもらえる安心な場所にすること、自然栽培での米、味噌、醤油を未来に残していくこと。そしていつかは保育園と老人ホームとスーパーをやりたい、と語ってくれた。

ちょうど僕の最近の興味も、孫の代まで安心して食べられる食物の未来をつくること。例えば、古来より伊勢神宮では、新米の収穫を祝う「新嘗祭(にいなめさい)」が11月末に行われてきた。米を昔ながらの農法で農薬や肥料なしで育て、はざ掛け乾燥すると、それが食べられるようになる時期だったのだ。最近の新米が出回るのは9月頃と、かなり早まっている。秋も深まった紅葉の頃に、白く湯気を立てる炊き立ての新米、そうした昔ながらの風景を残していきたいと思う。命をはぐくむ「食」を基盤に、子どもたちの未来を見据えている、丸瀬家のお二人のような志を共にする仲間がいるのは心強い。

長男の米アレルギーが無ければ、僕は米の遺伝子まで目をむけることは無かったかもしれない。食べ物に敏感な長男を通して、農作物のもう一歩深い世界へと足を踏み入れ、いかに人間が作物を操作してきたのかを知りつつある。我が家には昨年次男が産まれて、最近お米を食べさせ始めた。この子が持ってうまれた生きる力そのままに育っていけるよう、また今日も、お米との対話をしながら土鍋で炊くことにしよう。

どこを切り取っても微笑ましい丸瀬家
一仕事終えて、丸瀬家と一緒にパチリ

土ある暮らし 丸瀬家

鳥取県米子市で、米、胡麻、麦、大豆、にんじんを育てながら大工仕事もやってしまう旦那まるちゃんと、料理、お菓子作り、「食べれる森シュトレン」を運営するきなこの夫婦。子供は二人。子育てと、仕事と暮らしのバランス感が絶妙!また歩みを共にする仲間も募り中。

丸瀬家オンラインショップ
https://maruseke.theshop.jp
きなこインスタグラム
https://www.instagram.com/suttoco.kinaco/
まるちゃんインスタグラム
https://www.instagram.com/maruseke_danna/


水口拓也

旅とおむすびとデザインの「山角や」主宰。2012年に活動を開始。2019年に活動の拠点を東京から京都に移す。ワークショップやケータリングなど食べることを通して、人と人、地域や風土、食材をむすぶことを大切にしている。日本のソウルフード「おむすび」の新しい魅力を提案している。

「山角や」のウェブサイト
http://sankakuomusubi.jp/

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