平井
「CHEESE STAND」の関連店舗が増えていますね。
藤川
そうですね。ただうれしい反面、むずかしさもありますね。スタッフの交流が少なくなったり、文化が壊れるというのは、「CHEESE STAND」をオープンする前に働いた飲食業界で経験してきました。
平井
具体的にどういうことですか。
藤川
店舗が増えれば増えるほど、店舗に人がばらけて交流がなくなったり。想いやノウハウなどいままで大切にしてきたものが薄まったり。だから、店舗を増やすにしてもそこは慎重に。スタッフひとりひとりが大切にしているものは、会社側も大切にしていく。そんな会社にしたいなとは思いますね。
平井
チーズづくりは人による差が出ますか?
藤川
出来あがりの味には差が出やすいですね。丁寧につくる人のチーズは無難なものになりやすい。「こういうチーズをつくりたい!」がまずあって、それを勘を交えながらつくる人のチーズは、変態的でおもしろいチーズになることが多いです(笑)
平井
おもしろい話ですね。 藤川さんがつくりたいチーズというのもあるわけですよね。
藤川
そうですね。たとえば、できたてはあまり酸味がなくて弾力はあるチーズとか。そこに向かっていろいろと調整していきます。
平井
つかう人に合わせたチーズづくりというのもされるんですか?
藤川
それはしていませんね。じぶんがおいしいと思うチーズをつくっています。
平井
要望に合わせることは、できなくはないんですか?
藤川
多少の調整はできますよ。水分量を多くしてほしいとか。ちょっと固いチーズをつくってほしいとか。だけど、そうした要望に合わせた調整はしていないですね。チーズをひとつひとつ変えることはできなくて。その日につくったチーズ全部がそれになってしまう。だから、じぶんがおいしいと思うチーズをつくるということですね。
平井
なるほど。「CHEESE STAND」に注文される方たちは、藤川さんを信頼しているんでしょうね。
藤川
最初のころはチーズの出来にブレ幅がかなりあったんですけど、いまはブレも狭くなりました。でもやっぱり少しはブレます。そうすると、つぎの日にちょっと改善する。その繰り返しです。チーズとちがって1年に1回しかつくれないワインなどは、本当にすごい苦労だろうなと思います。
平井
チーズも毎日改善するむずかしさがあるんだろうなと感じました。熟成チーズはどうですか? トライアルが短くないから、大変そうですよね。
藤川
熟成チーズは3か月置いたり。やろうと思えばもっと置くこともできます。これはこれで大変ですね。
平井
料理人には、何かを研究することが好きな人が多いイメージがあります。藤川さんにもそうした一面はあるんでしょうか。
藤川
研究するのはきらいじゃないです。職人って掘り下げていく作業だと思っていて。これまでのものをよりよくすることも、ゼロから新しいものをつくることも、どちらの研究にもちがうたのしさがありますよね。
平井
ちがうたのしさ。
藤川
チーズ職人の中にもいろんなタイプがいて、じぶんのおいしいものを突き詰めていく人もいれば、新しいチーズをつくる人もいたり。ぼくはチーズを軸にして、チーズケーキや、なんなら絵本のような展開もそうなんですけど、いろんな新しいものをつくりたい。新しい価値を生み出したいんです。
平井
藤川さんは緻密な仮説を立ててチーズを研究する一面もあれば、バックパッカーの経験もそうですけど、ある意味「えいやー!」と勢いをもって行動する一面もあるんでしょうか。
藤川
司馬遼太郎の本が大学生のころから好きで。結構読みました。そこで描かれる幕末に生きる人の話は男子の本懐だなと。「事を成す」っていう気持ちがじぶんの根底にあるのかもしれません。
平井
幕末で活躍した好きな人物はいますか?
藤川
『峠』の河井継之助ですね。確固たる芯を持っていて。時勢に合っていないとわかっているんだけど、義や道理を通したり。あと運命を受け入れているところとか。じぶんもじぶんのことを「こだわりの強い人間」だと思っています。
平井
このさき何か挑戦したいことはありますか?
藤川
ずっと熟成チーズをつくりたくて、昨年「CHEESE STAND LAB」をオープンして、ようやくスタートラインにたてた気持ちで。正直そのさきは考えたことがないんですけど、チーズをつくるときにできる「ホエー」を活用できないかなとは考えています。
平井
普段はどうされているんですか?
藤川
捨ててしまうこともありますが、高円寺にある銭湯「小杉湯」さんでは、うちのホエーをつかった「ホエーの湯」を月に数回やってくれていて、チーズもいっしょに販売しています。
平井
小杉湯! ぼくは高円寺出身なので、今度行ってみます。
藤川
ぜひぜひ。あと、フレッシュチーズとちがって、熟成チーズは遊べるんです。フレッシュチーズとモッツァレラは水分が多いので、時間が経つと味が薄まる。だから加工など何かするのにはあまり向いていない。一方で、ワインの粕に漬け込んでいるチーズが海外にはあるんですが、「CHEESE STAND」でもやってみたいですね。トリュフを入れたチーズづくりにも挑戦したい。熟成チーズはバリエーションが増やせることが魅力だから、そんな遊びにも挑戦していくつもりです。
平井
このさき、たのしみにしています。ありがとうございました。
<終わります>